Tuesday, January 14, 2014

シンプルであることピュアであること

主はあなたに告げられた。
人よ。何が良いことなのか。
主は何をあなたに求めておられるのか。
それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、
へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか。
ミカ書6:8

おはよう。
おいしいコーヒーを手に、カウチにラップトップをおいて、ラグに座りこんで書きはじめました。
こうするとじょえると密着できるから。
夕べは、パンがさりげなくキッチンに出しっぱなしだったし、ゴミ箱にはサーモンの皮や脂が紙に包まれずにそのまま捨てあったけど、特にいたずらされた様子もなく、じょえるってなかなか感心な子です。
おもらしもありせん。
じょえるは体が小さいから、つい、子どもような気がしてしまうけど、実はそのへんはもう大丈夫なのかもしれません。
今朝はたまたま古い最初の聖書で昨日の続きを読んでいたら、ミカ書のこの箇所に線が引いてあって、丸で囲んでありました。
今朝読んでも、ここは、線を引いて丸で囲みたい箇所だなって思った。
本当にそう。
何も大きなこと大そうなことじゃない。
ただ、誠実に、謙遜に、私の神と歩むこと。
誠実も、謙遜も、私の中なから見つけてきて苦しみながらひねり出す必要もなく、パイプのように、溢れる源流からただ通すだけ。
昨日も、ヨナ書を読みながら思ったけど、頭をシンプルに、心をピュアにって思う。
私のパートナーの先生ってまさにそういう人で、時々、っていうかいつも失敗ばかりなのだけど、でも私は、なぜかとても魅かれます。
学ぶべき点がたくさんある人なのです。
人の大らかさとは、一重に神からの賜物と思うけど、でも共に働いていると自然に流れてきて、やさしい気持ちで、彼女が見つめようとしている、子どもの中の、ある、小さな一点が見えてきて、「ああそうね」っと思えるのです。
さて、じょえるの今後の課題は名前を呼んだらくること。
まずはそこからです。
ねっ、じょえる。