Saturday, April 10, 2021

貧しさの中の幸い


主は貧しい者を公義に導き、
貧しい者にご自身の道を教えられる。
誠実と正しさが私を保ちますように。
私はあなたを待ち望んでいます。
詩篇 25:9,21

昨日は、ひさしぶりに良く眠れました。
12時ぐらいまでは、何度も、何度も父の様子を見に起きてしまったけれど、その後は、窓の外が明るくなるまで、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と自分を励ましながら、眠り続けました。
5時すぎに、一度、様子を見に行き、まだ良く眠っていたのだので、聖書を開き、2杯目のコーヒーのおかわりをする前に、もう一度、様子を見に行くと、自分からベッドを出て、歯磨きをしていました。
パジャマのままだったけれどとってもうれしかった。
私がそばにいたら、きっと着替えてくれたはずだし、もうそんなことは、少しづつ、手放してゆかなくちゃ、とも思えた。

今週、糖尿病のクリニックで「緩和ケア」についての話を聞いていた時、私は、実は、先生が何を話しているのか、何を言いたいのか良くわからなかった。
でも、わからないなりに、彼の真剣な眼差しを胸に刺さり、その日のうちに、彼の口から出てきた病院のウェッブサイトを開き、電話をして、そして、少しだけわかったけれど、電話に対応してくれた人に、紹介状が必要なこと、そして、治療中の人は入れないと言われた時に、これは、本当に積極的な選択を迫られた大きな問題だと思いました。
でも、もし、父が願うならがんばろうと思った。
でも、がんばらなくてもよかった。
神さまがしてくださった。
たまたま、土曜日のERに運んでくださり、たまたま、父がかかる病院の癌の主治医じゃない先生と会う機会をくださり、彼は大きな大学病院にかかる人の新しい選択肢として、それを考えてみてくださいとはっきり言ってくれました。
今までの関係がないだけに、話しやすかったのかもしれない。
私が、どう説明しようかと思っていたことを、きちんとわかりやすく、理論的に、率直に。
主は、特別なタイミングで特別な人を通して、特別な道を示される。
それは、主の小道。

主を恐れる人は、だれか。
主はその人に選ぶべき道を教えられる。
その人のたましいは、しあわせの中に住み、その子孫は地を受け継ごう。
詩篇 12:13

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