Wednesday, June 9, 2021

あきらめない


もし生きるなら、主のために生き、
もし死ぬなら、主のために死ぬのです。
ですから、生きるにしても、死ぬにしても、
私たちは主のものです。
ローマ 14:8

「なぜ私たちはこの地上にいるのか。
神はその子らを、一瞬でも必要以上に天国の外に置くことを望まれるだろうか。
その答えはこうです。
私たちがこの地上にいるのは「主のために生き」他の人に主の愛を知らせんがためである。
私たちはよい種をまくためにこの世にいる。
やせ地を耕す農夫として、救いを宣べ伝える使者として生きている。
私たちは「地の塩」として世の祝福となるためにここにいる。
日々の生活においてキリストを崇めるため、ここにいる。
私たちは、彼のため、また、「彼とともに働く者」としてここにいる。」
今朝のスポルジョンのメッセージです。
私は、ここで、そのどれかひとつでも果たせただろうか。
私は良い種を蒔いただろうか。否。
痩せ地を耕しただろうか。もっと否。
私は救いを宣べただろうか。否。
私は救いを伝えただろうか。もっともっと否。
私は「地の塩」だったろうか。否。
私は人々の祝福となっただろうか。もっともっともっと否。
私は日々の生活においてキリストを崇めただろうか。
これは、自信を持って、YESと思っていたけど、それも、今では、きっぱりと否。
(最近、「あなたのすることを見る人がキリストを崇めるだろうか」とぶつけられたばかりで、すっかり自信を失くし、今は、誰にも自分がクリスチャンとは言いたくない気分なのです。私のことだから、そのうち、ころっと忘れて、何事もなかったのように立ち直ると思うけど)
つまり、今の私は、あらゆる面でキリスト者として否な人なわけだけど、でも、もし、私が本物のキリスト者であり、もし、この先も生き続けるほどの健康を主に与えられるなら、いつか、きっと、何かができるはず。
そう信じているわけです・・・。
☆写真は最近のお気に入り
チーズのバラエティ・セット
これを毎日、ふたつづつ食べながらビールを飲むのが毎日のお楽しみ

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