Monday, April 15, 2013

悪断⑧~神の視野で見る

 私は言います。
御霊によって歩みなさい。
そうすれば決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。
なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。
この二つは互いに対立していて、
そのためにあなたがたは、自分がしたいと思うことをすることができないのです。
ガラテヤ5:16,17
「私たちは根本にある事実に対決せずに、すぐ特定の罪からの解放を求めてしまう。」
「罪深い習性は、ほとんどの場合未解決の葛藤の徴候である。症状を治そうとするよりも、奥底の原因を探し出すようにいつも努めなければならない。」
「私たちがしばしば避ける深い問題は、神への反抗である。」
「純粋な悔い改めというものは、容易ではない。」
「不完全な悔い改めは、結局敗北をくり返しながら落ちていく悪循環に帰する。」
「その罪と縁を切りたいという意志と、この問題に関しては神の裁定に従うという態度がなければならない。これを認めないなら、あなたの意図は自己中心である。どのように神にそむいたかは無視して、赦しがどのように自分の得になるかだけを知りたがっている。」
「罪から解放されるのだけが神のみこころではない。御子の姿にあなたを近づけようと望まれている。罪深い習癖から解放してくださるのは、その過程の一段階にすぎない。あなたの人生から汚点を洗い去ってくださるのは、神が望んでおられるような御霊に満たされた人物にあなたを変えるための準備なのである。」
「あなたの罪のために神の御子はいのちを捨てられた。」
「神はあなたの戦いを、徹底的な大掃除の機会として用い、あなたが生活の上での優先順位を考え直して神の恩寵に頼るように仕向けられる。」
「都合の良い奇跡などは起こらない。あなたは単に自分のためにだけでなく、神のためにも、霊的な自由を求めるべきである。そのときに初めて神の約束なさる勝利を見出すだろう。」
アーウィン・ラッツァー
偉大なる人類のカウンセラー、私の神さま、
私の心の奥深くを、どうかあなたの温かな光で照らし出して、調べてください。
そして、秘密のまよいがあるなら、それを私にはっきりと見せてください。
私は自由を手に入れるかわりに、それをあなたによってとりのぞかれることを祈ります。
アーメン
私は、神さまに反抗していたことを認めなければいけないと思う。
確かに、反抗心があった。
「それ、やりたい!」何かをピックしては従い、「あっ、それきらいかも」何かをピックしては反抗していたと思う。
でも、知らなかった。
それが反抗だなんて思ってもみなかった。
どんなことにも、どんなときも、誰に対しても、何に対しても、自分のコンディションに関わらず、神さまの視野で見ることを考えてみようと思う。
それは一体どんな感じなのだろう。
もしかしたら、霊的な冒険が、今、本当に始まろうとしているのかもしれない。
ずっと最後まで一緒にいてね。
そこに、何があるのかを一緒にみようね。
そしてハレルヤって言おうね。
義に飢え渇く者は幸いです。
その人たちは満ち足りるから。
マタイ5:7