Sunday, April 21, 2013

不良クリスチャンの習慣いろいろ

おはよう。
日曜日です。
おなかがすいて、目が覚めました。
でも、食べると祈れなくなるので、(私はおなかが満足すると天国のことが、どうでもよくなってしまうのだけど、それは、本当に悲しいことなので、朝は食べない習慣なのです)がんばって、悪断⑬を書いて、お米を研いで炊飯器にセットして、今、牛乳を温めて飲んでいます。
夕べ、一人でビールを飲みながら考えたこと。
ひとり暮らしに憧れていて、夫は私より13歳も年上なので、最後はちょっぴり一人暮らしができるかもって楽しみにしているけれど、これはかなり罪深い思考のパターンだったかもしれない。
普通、夫婦って「私が先に逝くので、みとってね」ってお互いに思うのが一般的だけど、それはわがままだとずっと思ってきた。
でも、「ちょっとだけ、ひとりにさせてね」っていうのはもっとわがままかもしれないと思う。
大体テレビも一人で見られない私、電子辞書の電池が切れても交換できない私(でもクルマのバッテリーをジャンピングケーブルで動かすことはできるけどね)がはたして、ひとりで暮らせるのだろうかと思う。
ごはんを食べる前にお祈りするのは、おなかが一杯になって一時的に天国のことを忘れてもいいためなのだろうか・・・、そんなことは決してないと思うけど、でも実はそうな気もする。
私は幼稚園でも、家庭でも、ごはんを食べる前に祈る習慣がないので、ちょっと試しにやってみようかな。
地上の常識って、時として、とても恥ずかしくて誰も言わなかったりするけど、でも、実はみんなそう思っていたりすることが時々あると思う(まどろこしい文章だ)。