おはよう。
毎年、1年間で最も重たいはずの9月が、軽やかに過ぎ去ろうとしています。
今朝開いた詩篇の66編にもあったけれど、賛美が私の仕事を支えてくれているのかもしれません。
金曜日はこれが1本25セント買える これがはなのお楽しみ |
そう感じて、それを言葉にして言うこと自体が、もう賛美。
★今日は、朝、Pointe shoe sewing class なるものに、はなと共に参加します。
そしてバレエ・レッスン、レッスンに続き、「くるみ割り人形」のリハーサル。
最後は、はなと一緒にヘア・カットをしてもらいに行きます。
髪を切ってもらうのはとてもひさぶり。
秋と春の2回は切ってもらうことにしたいものです。
★週末を待ちわびない生き方を提唱(!)しています。
どういうことかと言うと、例えば、小さな頃、お母さんごっこで、お母さん役をして遊びました。
今、あの頃、夢にみた、お母さんになれたのだから、「子どもの手がはなれたら」なんて言わず、今、そのお母さん業を楽しもうという考えです。
今は、過去に夢みた夢の現実で、過去の努力の実なのに、せっかくかなえられた夢を忘れて、夢を見続けることをスポルジョンの言うところの、「絶えず嘆き悲しむ者」、だと私は思うのです。
山のようにあるコンバースを はなに全部あげた 永遠のベストセラーかも |
それを、「臨在を生きる」、というのだと思うわけです。
★というわけで、今週もわりと成功。
私にとって、「臨在を生きる」ことは、とても単純。
ただ、洗濯物や片付け、掃除をためないこと。
週日に、忙しい忙しいといい訳をしながら家の中をぐちゃぐちゃにしちゃうと、頭の中もこちゃごちゃしてきて、心の平安がなくなり、聖書を開いたり祈ったりの時間がまず削られ、仕事が、現実以上にてんやわんやな印象になり、もう、命からがら土曜日を待ちわび、土曜日は、目をつりあげて家事に没頭し、あっという間にブルーなマンデーを迎え、月曜の朝から、週末になったら、ちょっとリラックスしたわ・・・の循環の中にはまるというしくみです。