Monday, December 16, 2013

C.S.ルイスのこわい話

『本質的、究極的な悪徳は傲慢です。
不貞、怒り、貪欲、、飲酒その他にしても、傲慢に比べれば蚊が刺した程度の害しかおよぼしません。
悪魔が悪魔となってのも、傲慢を通じてでした。
傲慢はまた他のもろもろの悪徳に導きます。
それは完全に神に逆らう心の状態です。
自分がどれくらい傲慢かを知る最も簡単な方法は、こう自問してみることです。
「他の人が私に無礼な素振りをしたり、私の存在を無視したり、私のことを干渉したり、恩着せがましい態度を取ったとき、これみよがしに威張るとき、私はどの程度嫌悪を覚えるか?」
つまり、個々人の傲慢は、つねに他人のそれとせりあっているのです。
似た者同士だからこそ、気が合わないというわけです。
ここではっきり頭に入れておいてほしいのは、傲慢が本質的に競合的だということ、それも本質的にそうなのだということです。
傲慢の本質は他人との比較です。
他に抜きんでるということです。
傲慢が他の悪徳と違って本質的に競合的だと言ったのは、そういう意味です。』
C.S.ルイス キリスト教の精髄Ⅲより
私は無礼にされることや、無視されることや、干渉されることや、恩に着せられることや、それから威張られるのも、大きらい。
だからこの文章をはじめて読んだ時、本当にこわかった。
それはそれは、震え上がるほどに。
読むたびにこわい。
とっても。
今も本を開いて書き写していて、とってもこわかった。