Thursday, January 15, 2015

笠地蔵・夫婦愛と友情と

☆帰りのクルマの中で、ある新しく生まれそうな友情、友だち関係について、ついでのように祈ってみました、
でも、ほんとは、ずっとそれを祈りたかったのだと、祈った後に、気づきました。
クリスチャンのみなさんにお聞ききするけど、そういうことってないですか?
私は長野にミッショントリップに行って、帰ってきたときも、同じような祈りを祈ったことを覚えています。
でも、その時の神さまの答えは、きっぱりとNO。
私は、神さまの答えに従い、なんの抵抗もしませんでした。
でも、今度は、なんらかの形ではじまるかもって祈った後もずっと感じています。
☆今日、アフターキンダーのクラスの帰りの会で、何気なく「かさじそう」という絵本を読みました。
私は、クリスチャンのくせになぜかこのお話が大すき。
クリスマス、年の瀬といえば、正直、くるみわり人形なんかよりよっぽど好きな話です。
それで、きっと難しいであろう聞きなれない日本語ををいちいち、わかりやすく解説しつつ、感動的に読み上げ、子どもたちも、かぶりつきでめちゃめちゃ集中して聞いてくれ、心の中で、やった!と大満足で、本を閉じました。
よかったね、おじいさんとおばあさん。
手ぶらで、っていうかかぶっていた笠まで、なくして帰ったおじいさんを、せめないおばあさんはえらいよねってそこまで、感じることができ子どもたちに感動しそうになったら、「でも、せんせい、じぞうってなに?」っと聞かれ、3秒ぐらい硬直して、椅子から転がり落ちちゃった。
そっか。
地蔵って、そこからずでにわかんないよね。
・・・でもこのお話しのポイントはたぶん、その奇跡にではなく、夫婦の愛にあるの。
だから、そこを感じることができたら、それでいい。
気にしないで。
☆大人になったら、友だち作るの難しいって言う人いるけど、私、ちっともそう思いません。
関係がはじまるかどうかは、神さま次第だけど、でも私はいつも祈るのです。
幼稚園で出会ったお母さんとも、そうやってはじまったことがあります。
だから、どんな人との関係も、好きって思ったら、会いたいって思ったら、まず、祈ることからはじめよう。
ダメな時も、長野の後のように、ちゃんと、ダメが受け入れられるように、神さまは、なぐさめとセットで答えをくださるのです。