Saturday, March 21, 2015

私も愛したい

主に信頼し、主を頼みとする者に、
祝福があるように。
その人は、水のほとりに植わった木のように、
流れのほとりに根を伸ばし、
暑さが来ても暑さを知らず、
葉が茂って、日照りの年にも心配なく、
いつまでも実をみのらせる。
エレミア17:8
愛を示すって難しいことです。
ことに、愛する理由がみつけられない時なんて、そうですよね。
でも、愛は真実の中にあるのであって、気分の中からは見つけることはできません。
みかえりを思わず、思いやりの心で、実行にふみきる、その時、あなたはその真実の中から、愛を行う、愛することができるのです。
あなたがまず、思いやりを持って立ち上がらない限り、あなたは決して、愛するということをわかることはできないでしょう。
The Love Dare より
小学生の作文みたいになっちゃいそうで、書くのが難しい気もち、でも書くね。
だって、それが本当の気もちだから。
この1週間をふりかえって思うこと。
すごくシンプルな結論。
私は、たくさんの人の思いやりの心に支えられて、生きていました。
これは、自分で何か特別な親切を毎日やることを、意識して7日間、すごしてみて、気づいた大変な発見です。
すごく難しかった。
その代りに、毎日、私は、特別な親切を受け取り続けていました。
きっと、今まで、毎日、あたりまえのようにそれを受け、気づきもせず、感謝もせず。
書きながらも、思い出すと涙がこぼれちゃうんだけど、昨日の運動会の練習で、汗だくになって、腕もしびれて、指の関節が焼けどっぽく痛くて、やれやれって思って、ベンチに座って、同じようにへとへとのはずのパートナーのせんせいがもくもくと後片付けをするのをぼんやりと眺めていました。
まあ、ひらたく言うと怒って放心していたわけ。
そしたら、後ろから、前から、横から、私と同じように汗と埃にまみれたちっちゃな人たちが、私にベタベタと抱きついてきました。
横から頭をよしよしする子、ほっぺにいきなりキスする子、うしろからぎゅと抱きしめてくれる子、胸の顔をうずめてくる子。
あなたはこれをどう思いますか?
私は、怒って座りこんでいる人に、近づいて抱きついてキスしたいとは思いません。
神は、子どもたちの感性に、指令を発しました。
「なぐさめるべし」と。
それほど、唐突で不思議な行動だったのです。
愛は、神の中に、神の真実の中にある。
無限に。

人気ブログランキングへ