愛はすべてを信じ、すべてを期待し、
すべてを耐え忍びます。
Ⅰコリント 13:7
愛は、相手の最善を信じることを選び、疑わしきは相手の有利になるように解釈しようとします。
よく知りもしないことについて懐疑心を持ったり、邪推したりしません。
最悪の予想が的中しても、努力のかぎりをつくして解決に取り組み、前進していきます。
可能なかぎり、ポジティブな面を見ようとするのが愛なのです。
あなた自身が、否定的思考を控え、常に伴侶の良い面に目を注ぐ習慣を身につけることが必要です。
これは必要不可欠なステップです。
あなたが自分の心を導き、真心から伴侶を愛する心を養っていくために。
それは決断です。
あなたの伴侶がそれに値するかしないかは関係ない、あなたの決断なのです。
「決断する愛」より
「あなたの伴侶がそれに値するかしないかは関係ない、あなたの決断なのです。」
というフレーズがとてもインパクとある文章です。
とても難しいことです。
でも、難しいのは、神さまがお造りになった尊い存在を疑うことと同じだと思う。
伝道でも、子育てでも、保育でも、人間関係でも、全てに必要な決断だけど、問題なのは、相手と親密であればあるほど、信じるのか難しいということ。
私が、じょえるに噛まれたと言って、私たちを訴えてきてる男性の最善を信じるのはそれはど難しくないのは、私が彼を知らないからであって、もし、あるだけの情報を全て用いて検索なんてしたら、こんなにのん気に神さままかせにはできないかもしれない。
夫婦とはそういう難しさをのりこえるための特別な関係なのだと思います。