Monday, January 14, 2019

ヨエル書 2章

主は民に答えて仰せられた。
「今、わたしは穀物と新しいぶどう酒と油とを
あなたがたに送る。
あなたがたは、それで満足する。
わたしは、二度とあなたがたを、
諸国の民の間で、そしりとしない。
ヨエル書 2:19
日曜日の昨日、我が家のダイニングエリアの続きのとてもとても小さなファミリー・スペースのカウチでブランケットにくるまって、ほとんど一日中、佐々木正美の「子どもへのまなざし」を読んで過ごしました。
本当に幸せな休日だった。
この本の中のほとんど終わりに、「保母さん、幼稚園の先生へ」という章があります。
一貫して、小さな子どもたちを育てることの尊い価値について述べ続けた彼から念を押すかのような私へのメッセージはこうです。
「子どもの幸せを考える仕事の前提には、まず、みなさん自身が幸せである必要があります。まず、みなさんは、ご自分で自分は幸せだろうかと、自分に問いかけてみてください。」
そして、彼の定義する幸せとは、「感謝できる心、仕えることを喜ぶ心です」
私は毎日新しい穀物とぶどう酒と油を与えられています。
神さまが与えてくださっているけれど直接にではありません。
夫を通して、幼稚園を通して。
「保育、育児の現場にいるみなさんにとってたいせつなことは、その子にどういう愛の手をかけられるかということです。そのためには、自分に愛の心がなくてはなりません。そしてその愛の気持ちは、なによりも自分が愛されることによってしか生まれてこないのです。」
私は自分が愛している以上に、周囲の人から愛されている。
夫に、両親に、教会の姉妹たちに、そして私の文章を毎朝読んでいる人たちに。
「そして、親の幸せを考えなさい、それから親と子供の両方の幸せを考えなさい、たとえ、成果があがらなくても、最善を尽くすことに喜びを感じなさい。」
園長先生になって4ヶ月が過ぎ、あまりにも下手な仕事ぶりに途方に暮れそうになっていました。
でも、園長先生なんだもん、親や子を愛する前に、まず、親や子をみつめている先生たち、その先生たちを支える職員たちを愛さなくてはいけない。
きっとできる。
穀物と新しいぶどう酒と油で祝福をされているのだから。
豊かに愛されているだから。
つながっていなければ。
主の愛の泉と。
それを今朝、このみことばが教えてくれました。