Wednesday, January 23, 2019

ハバクク書 2章

私は、見張り所に立ち、
とりでにしかと立って見張り、
主が私に何を語り、
私の訴えに何と答えるかを見よう。
ハバクク 2:1
祈ることはできても、主の声を待つとか、主の声に耳をすます、ということはなかなか難しいと思う。
森の中を一人で歩いたり、誰もいない早朝のビーチを裸足で散歩しながら聞こえることのような気がして、なかなか、聞きに行こうとは思えない。
でも、そうやってこちらがあきらめていても、主は語りたい時に語るのよね.
日常の渦の中をぐるぐる回転するみたいな1日の中でも、何かにはっと気づく時ってあるでしょ。
それはたいてい何もしていない時。
信号を待っている時、シャワーの終わりに首にただ熱いお湯をあてている時、スチームサウナでぼんやりしている時。
神さまは、常に何かを考えている私たちの、そんな無意識の隙間を待っておられるのかもしれない。