Sunday, May 17, 2015

休息の定義

★主の日、聖日、どんな礼拝でしたでしょうか。
こんな楽しそうなことをやっていた
サンデースクール
私は、私を包んで引き上げてくださろうとする主の整えた環境は申し分ないのに、そこに乗りそこなったような、ちょっと残念な感じです。
ピアノの練習も十分ではなかったし、いつもスペアの電池と共に大切に持ち歩いているクリップライトも忘れて、楽譜が見えにくくて苦労しました。
コードネームを大きく手書きをしたら、今度は音符との割り振りに迷いが生まれて、すごく反省している。
準備不足でした。
★でもメッセージはちゃんと受けとめることができました。
私はアベルがどれほどの信仰を持っていたのかよくわからなし、今日も実はよくわからなかった。
マカロンを見ると必ず食べたがるはな
私は、なにそれ?
ちっちゃなどら焼きねっていつも思う
でもカインについては、ちょっと詳しい。
よく知っています。
彼の悲しみも、彼の苦しみも、彼の葛藤も、彼の罪もよく知っています。
毎日彼に会っている。
彼こそ私の祖先、私の兄、私のネイチャーなパーソナリティーそのものなのだもの。
でも、今日、彼と私の決定的な違いに気づいた。教えられた。
カインは本当に孤独だった。
でも私は違う。
★礼拝の後、えりさんとはなを乗せてふらっと西に向って車を走らせ、レドンド・ビーチのカフェでコーヒーを飲みながら、とりとめもなくおしゃべりしました。
そこで話したとても大切なことについてシェアします。
休息とはつまり、たくさん眠ることではなく、余裕を持たせること。
活動と活動の間の何もない時間。ポーズ。
一瞬で過去を神に感謝すること。
今この一瞬を神の前に憩うこと。
一瞬で未来を神と相談すること。

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