Wednesday, February 22, 2017

エゼキエル書 14章

悔い改めよ。
偶像を捨て去り、
すべての忌みきらうべきものを
あなたの前から遠ざけよ。
イスラエルの家の者でも、
イスラエルにいる在留異国人でも、
だれでもわたしから離れ、
心の中に偶像を秘め、
不義に引き込むものを顔の前に置きながら、
わたしに尋ね求めようと、
預言者のところに来る者には、
主であるわたしが答えよう。
わたしがそのような者から顔をそむけ、
彼のしるしとし、
語りぐさとして、
わたしたの民のうちから彼を絶ち滅ぼすとき、
あなたがたは、
私が主であることを知ろう。
エゼキエル 14:6~8
偽りの希望を持って、民を欺く偽預言者も、また彼らに、主を尋求めに来る人々も、もう容赦しない、もう言葉ではなく、滅亡を持って、どっちが本物かをはっきりとさせるという神の側のチャレンジです。
「後のキリストが、全てを解決してくれたの。
多少の偶像礼拝、偶像崇拝は人間だもの、しょうがない。
間違えば、すぐに悔い改めればよし。
イエスのとりなしが私を守ってくれる。」
私、もしかしたら、長いことそう思っていたかもしれない。
もし、私が誰かにそう言ったとしたら、それはエゼキエル書に出てくる偽りの希望を持って、民を欺く偽預言者たちと同じことにならないかな・・・。
十戒を信じるなら、十戒を信じたその日から残りの生涯をかけて守ろうとしていたら、きっと、自分にも人にも、そんなこと言えないと思う。
すごい、チャレンジだけど。