Saturday, March 27, 2021

信じることは愛すること

人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。
エペソ 3:19

「それは全く広大無辺なので、つばめが水面をかするだけで水中深く飛び込まないように、すべての人の言葉は表面に触れるだけであり、測り知れぬ深さは、依然としてその下に横たわっている。」
いかにもスポルジョンらしい、詩的な神さまの愛のたとえです。
私は表面をかするだけのつばめ、神さまはその下に横たわる大海。
たとえ、それであったとしても、私は、神さまの愛に満足している。
大きな愛。
変えてくださる神さま。
守ってくださる神さま。
祈りに報いてくださる神さま。
教えてくださる神さま。
助けてくださる神さま。
恵み深き神さま。
昨日、飲み水を汲みにいつもの山にドライブし、そこの小さなカフェテリアで売られているおぼろ豆腐を3つお土産に買って帰りました。
ひとつは左のお隣さん。
もうひとつは右のお隣さん。
そしてもうひとつは父と母と私の3人で分けて、お昼ごはんに食べました。
なんともいえないやわらなか口あたりと力づよいおいしさ。
右のお隣さんも、左のお隣さんも、この同じ口あたりとおいしさになぐさめられて欲しいなと思いながら食べました。

信じたことが現実になります。
良いことを信じれていれば、良いことが起こります。
起こすのは神さまではなく、その生き方です。
だって、愛なる神さまは、どの人の人生にも良いことを起こされたいのだもの。

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